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2020.5.26 ブログ

改めて自己紹介します

はいどうも!税理士の津谷です。

本日は有難い事にYouTubeのチャンネル登録者数が100人を超えましたので

改めて自己紹介をさせて頂きます!

 

せっかくなので生い立ちから(笑)

 

祖父が経営する鮮魚卸売会社で勤めている父と

岐阜県の山奥から出てきた母との間、名古屋市で生まれました。

 

幼い頃の家庭環境は中々悲惨なものでした。(笑)

私が10歳位の頃から父親は仕事をしなくなってしまい、

母親が朝も昼も夜も働いて私と妹を養ってくれました。

父方の祖父と祖母が近所に住んでいましたので

今考えると資金援助も受けていた様で貧乏だと感じる事はありませんでしたが

今考えると普通の家(何が普通なんですかね?笑)よりはお金が無かったなと思います。

 

小学校では学級委員、生徒会長を務め、とにかく人前に出ることが大好きな子供でした。

正義感もそれなりに強かったと思います。

しかし心に真っ暗な闇を抱えており、裏では悪い事をするという極端な二面性を持ち合わせていました。

 

中学に入ると闇の部分が強化され、人前に出る事はなるべく避けていた記憶があります。

ひねくれた中学生でした。

それでも学業はそれなりに出来ていたので何とか公立の進学校へ行くことは出来ました。

 

高校生ともなるとやる事がいよいよ過激になっていきます。

とてもここでは書けない様な事ばかりして毎日遊んでばかりでした。

それでも進路を決める必要が出てきます。

何となく大学に行くのかな?なんて想いしかありませんでしたがそこで初めて現実と向き合います。

『大学の費用って何て高額なんだ。。。』と。

当然我が家にはそんなお金はありません、さてどうしようか。

当時の自分は奨学金制度とかも詳しく調べずに、

大学はお金が無いと行けない所なんだと決めつけました。(笑)

他責の極みですね。(笑)

進学校なので周りは普通に大学に行く勉強をしている中で何のために自分はここにいるんだろう?と自問自答しながら

毎日授業では爆睡です。(夜中にアルバイトをしているからですね。)

起こすとキレるのでそのうち誰も起こさなくなりました。(笑)

 

当時の同級生を殺す決め台詞

『親の金で4年間大学に遊びに行って何になるの?』です。

きっと周りが羨ましかったんでしょう。

当時の津谷少年に大学だけが人生の全てじゃないよと教えてあげたいです。

 

とりあえず夜中アルバイトをしていた魚市場でそのまま正社員にしてもらう事にしました。

そこで夜12時に起きて朝まで働いて昼は眠るという太陽の光を浴びない生活を続けていたら

わずか1年足らずでうつ病(診断はしていません)になってしまいました。(弱っちいですねえ)

当時の自分は『20歳になったら自殺する』が口癖でした。

自分ではその言葉を発した事すら記憶がありません。

家内から後々教えられました。

 

そんな真っ暗闇の人生から救ってくれたのが今の家内です。

家内は大学に進学し経営学部でした。授業で簿記の勉強をしたらしく

簿記のテキストを私に勧めてきました。

『向いていると思うから』と。

 

何気なく読んでいると簡単そうだな、面白そうだな、が最初の印象です。

目標も何もない私には一筋の光が見えた瞬間でした。

 

そこで会計系の専門学校を片っ端から調べ上げ、

最も学費が安い大原簿記専門学校への入学を決めました。(もちろんフルローンです笑)

学費を自分で出すと一日も学校をサボる事をしないんです、不思議ですね。(笑)

当時計算すると一日休むと5,000円損する位の計算だったので絶対休めないと思いました。

 

まず簿記3級を一週間で学びそこから2か月で2級合格を目指すコースに入学しました。

正直この時は解けない問題が無い無双モードでした。何でこんな簡単な事やるんだろう?というのが印象でした。

当時簿記初心者と経験者と2種類の学生がいましたので私は初心者でありながら経験者をこてんぱんにやっつけるので

初心者組のエース、という事から専門学校時代はずっとあだ名が”エース””でした。(笑)

その後一級、税理士試験と順を追って合格していきます。

 

専門学校を卒業し、半年間学業を延長して、8月に前職の事務所へ入社しました。

入社理由は家から近かったからです。

タウンページで調べてすぐ電話して求人しているか確認して履歴書書いて、

気付いたら面接で採用になっていました。正直どこでも良かったんです、どうせ独立するつもりだし。

と思っていたら約13年くらい勤めることになったんですね、不思議です。

これ以上書くと長くなりすぎるので一旦ここまででストップします。

続きはまた書きます。

 

最後に、何が言いたいかというと、

自分の人生は他人に決められるものじゃなくすべて自分が選択した結果しかない、という事です。

環境がどうのこうの言う前に行動しないと何も始まらないよ、って事ですね。

コロナウイルスというバイオハザードですが、それでも必死にやれば結果は出ます。

諦める前に行動する、これが一番大事です。

 

最後まで読んで頂き有難う御座いました!

 

YouTube 光ちゃんねる

https://youtu.be/Bhsn-tlND9c

津谷